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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)865号 判決

原告 株式会社トクラ

被告 大阪商船三井船舶株式会社

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(訴の追加的変更前の請求)

1 被告は原告に対し、別紙目録記載(一)の船荷証券三通を引渡せ。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(訴の追加的変更後の請求)

1 被告は原告に対し、別紙目録記載(一)の船荷証券三通を引渡せ。

2 被告は原告に対し、右船荷証券に記載された別紙目録記載(二)の荷物を引渡せ。

3 被告は原告に対し、右船荷証券及び右荷物を引渡すことができないときは、金一、二一六万三、五〇〇円を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(訴の変更前の請求について)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(訴の変更により追加された請求について)

1 訴の変更には異議がある。被告に対する目的荷物の引渡請求ないしその代償請求は、船荷証券引渡請求とは性質を異にし、請求の基礎に同一性がないから、訴の変更は許されない。

2 訴の変更が許されるとすれば、請求棄却申立。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  盟和商事株式会社(以下、訴外会社という)は、被告との間で、別紙目録記載(二)のマツトをサウジアラビアヘ輸出するため海上物品運送契約を締結し、船積を了した。

したがつて訴外会社は、国際海上物品運送法六条一項に基づき、被告に対し、右運送契約に基づいて発行された別紙目録記載(一)の船荷証券三通の引渡請求権を有していた。

2  原告は、昭和五〇年九月一日、訴外会社に対し金一、四七八万二、九四五円の支払を命ずる手形判決を取得し(大阪地方裁判所昭和五〇年(手ワ)第一〇一三号)、同年一一月五日、右執行力ある手形判決に基づいて、訴外会社が被告に対し有する前記船荷証券三通の引渡請求権につき差押・引渡命令を受け(同裁判所昭和五〇年(ル)第二五七五号)、同命令はそのころ被告に対し送達された。

3  原告は、昭和五一年一月二八日、被告に対する船荷証券の引渡の執行を同裁判所執行官に委任して執行に及んだが、被告はこれを任意に引渡さない。

4  ところで、右船荷証券には別紙目録記載(二)の荷物の引渡請求権が化体されているから、原告は、本訴により被告から右船荷証券の引渡を受ければ、これに基づき被告に対し右荷物の引渡請求権を有する。

5  右荷物は、原告が訴外会社に金一、二一六万三、五〇〇円で売渡したものであるから、右船荷証券に化体された右荷物の価額は、金一、二一六万三、五〇〇円を下らない。

6  よつて、原告は被告に対し、右船荷証券三通及びこれに化体された右荷物の引渡を求め、被告において右引渡ができないときは、その代償として右荷物の価額に相当する金一、二一六万三、五〇〇円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、前段の運送契約締結の事実は認めるが、その余は否認する。

被告は訴外会社との間で、昭和四九年一二月一一日ごろ、運送品別紙目録記載(二)の商品、荷受人アラブ銀行の指定するもの、船積港神戸港、陸揚港サウジアラビア国ジエツダー港、運賃三三二万五、二七二円の内容の海上物品運送契約を締結したものであるが、荷送人である訴外会社は船荷証券の発行・交付を請求していないから、被告には訴外会社に対しこれを発行し引渡す義務はない。

2  同2のうち、原告主張の差押・引渡命令が被告に送達されたことは認めるが、その余の事実は不知。

3  同3の事実は認める。

4  同4ないし6は争う。

被告が差押をしたのは、あくまでも訴外会社の船荷証券三通の引渡請求権であつて、船荷証券それ自体でも、また運送の目的荷物でもない。したがつて、仮に原告が被告に対し、船荷証券引渡請求権を有するとしても、目的荷物の引渡請求権を有するものではない。

三  抗弁

1  前記運送契約においては、運賃前払の約定があり、発行を予定されていた船荷証券は「運送賃前払済」の表示ある船荷証券であつたにもかかわらず、荷送人である訴外会社は、現在に至るまで運賃の支払をしていない。

2  被告は、右運送契約に基づき、昭和四九年一二月二〇日右荷物を神戸港から船積し、翌五〇年一月二七日ジエツダー港に到達し、同年二月五日には右荷物の適正な荷受人であるアラブ銀行の指定する者(アブダラ・アンド・ナシール・アブダラジズ・アルソラヤイ・カンパニー)に対し荷渡指図書を発行した。

したがつて、遅くとも右二月五日までには、真正な荷受人から荷物の引渡請求がなされているから、その時点で荷送人である訴外会社は右荷物について何らの処分権を有しなくなつた(国際海上物品運送法二〇条二項、商法五八三条一項、五八二条二項)。

また、適正な荷受人に対する荷渡指図書の発行により、その時点で右運送契約は終了(少なくとも被告の運送契約上の義務はすべて終了)した。

3  仮に訴外会社が船荷証券の引渡請求権を有する地位にあるとしても、訴外会社は自ら、被告の船荷証券用紙を盗用して被告名義の船荷証券を偽造し、昭和四九年一二月五日ごろ、これを真正なものとして株式会社大和銀行桜川支店に買取らせ、代金を回収した。したがつて訴外会社が被告に対し、再び真正な船荷証券を引渡せと請求することはもちろん、運送目的物の引渡請求及びその代償請求をすることは、信義則に反し許されない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は争う。舶荷証券の引渡請求権は、運送契約によつて当然発生するものであり、運賃前払特約があつても、これは単に運送前に運賃を支払うという特約にすぎず、運賃を支払わなければ船荷証券の引渡請求権がないというものではない。

2  同2のうち、被告主張の荷渡指図書が発行されたことは否認し、また運送契約が終了したとの主張は争う。

本件では、陸揚された運送品は税関を通じて荷受人に引渡されるのであるが、荷渡指図書の発行は、運送人が自己の運送品引渡義務の履行方法として、履行補助者に運送品の引渡方を指図することにすぎず、したがつて運送人の履行補助者若しくは代理占有者である税関から荷受人に対し運送品が引渡されたとき、運送人の運送品引渡義務が終了するのである。

仮に荷渡指図書の発行により運送契約が終了するとしても、被告は偽造の船荷証券所持人に対して荷渡指図書を発行したものであるから、右荷渡指図書は無効であり、被告らはこれにより免責されるものではなく、被告の運送契約上の義務は消滅しない。本件では船荷証券が作成されているから、この真正な船荷証券によらなければ運送品の処分はできないし、また真正な船荷証券の所持人に対して荷渡指図書を発行しない限り、運送契約は終了しない。

3  同3は争う。船荷証券を偽造・行使したのは、訴外会社の代表取締役山中宏個人であり、これによつて訴外会社が被告との運送契約によつて有する船荷証券引渡請求権に何ら消長をきたすものではない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  事件の経過

訴外会社が被告との間で、別紙目録記載(二)のマツトをサウジアラビアヘ輸出するため海上物品運送契約を締結したことは、当事者間に争いがなく、この事実に、原本の存在とその成立に争いのない甲第一号証、成立に争いのない同第二号証、第五号証の一ないし四、乙第六号証、証人土倉重彦の証言とこれにより成立の真正が認められる甲第四号証、証人川端孝の証言とこれにより原本の存在とその成立の真正が認められる乙第二号証、同証言により成立の真正が認められる同第三、四号証、証人桜井玲二の証言とこれにより成立の真正が認められる同第五号証を総合すれば、次の事実が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  訴外会社は、昭和四九年一一月一八日ごろ原告から別紙目録記載(二)のマツトを代金一、二一六万三、五〇〇円で買受け、代金未払のままその引渡を受け、同年一二月中ごろ、これをサウジアラビアヘ輸出するため、被告との間で請求原因に対する認否1に記載の内容の海上物品運送契約を締結したが、この契約においては運賃前払の特約があり、被告は、運賃が支払われるのと引換に船荷証券を訴外会社に交付すべく、予め必要事項とともに「運賃前払済」と記載した船荷証券を準備していた。

2  ところが訴外会社は、経営が悪化したため、右運賃を支払うことなく被告の船荷証券複本を偽造行使して運送品の代金を取得しようと企て、被告の船荷証券用紙を盗用して、右運送契約に符合し「運賃前払済」の記載のある昭和四九年一二月五日付被告作成名義の船荷証券複本三通を偽造したうえ、同日ころ、これを真正に成立したもののように装つて、他の書類とともに荷為替として株式会社大和銀行桜川支店に買取らせ換金したが、原告には売買代金を支払わなかつた。

3  被告は、訴外会社より運賃の前払を受けず、したがつて予め準備した真正な船荷証券は自己の許に保管したまま、運送品のマツトを船積し、右積載船舶は、同年一二月一六日ごろ神戸港を出港し、翌五〇年一月二七日ジエツダー港に到達した。

4  被告は、未だなお運賃の支払を受けておらず、またそのころ訴外会社倒産との噂を聞いたので、同年二月六日、被告のジエツダーの代理店に対し、右運送品のマツトは船荷証券と引換にのみ引渡し、保証渡しを行なつてはならない旨を指示したが、同代理店では、すでに前日の同月五日、訴外会社が偽造した前記船荷証券複本を所持した真正な荷受人であるアラブ銀行の指定した者に対し、右船荷証券複本が偽造されたものであることを看過して、右の者に右マツトを引渡されたい旨を指示したジエツダー税関長宛の荷渡指図書を発行交付していた。

5  ジエツダー港では、陸揚された輸入貨物はすべてが一旦は税関に保管され、税関規則によれば、税関は荷渡指図書の所持人を当該貨物の所有者とみなし、荷渡指図書に従つて荷受人に貨物を引渡すこと、裁判所の命令によるのでなければ何人も貨物の引渡を差止められないことが定められているため、被告がその後あらゆる手段を講じて右マツトの荷受人への引渡を阻止し留置権を行使しようとしたのも効なく、けつきよくは同年五月二六日ごろ、右マツトは税関より前記荷受人に引渡された。

6  原告は、その間の同年二月一五日、訴外会社の被告に対する船荷証券引渡請求権につき、これを仮差押した。

二  船荷証券引渡請求について

原告が訴外会社の被告に対する別紙目録記載(一)の船荷証券引渡請求権につき主張のころ差押・引渡命令を受け、この命令が第三債務者である被告に送達されていることは、当事者間に争いがない。ところで原告は、右差押・引渡命令に基づき、被告に対し右船荷証券の原告への引渡を請求しているのであるが、この請求が容れられるためには、その前提として、訴外会社が被告に対し、少なくとも前記認定の仮差押の時点において、右船荷証券引渡請求権を有していなければならないことは当然である。

しかるに前記認定事実によれば、訴外会社、自ら被告作成名義の船荷証券複本を偽造し、荷為替として銀行に買取らせることによつて輸出運送品の売買代金額を取得し、運賃を支払わないまますでに所期の目的を達しており、他方被告は、原告の仮差押前に、運送品を目的地に運び、真正な荷受人に対して荷渡指図書を発行して、運賃の支払を受けないままとはいえ、運送品に対する事業上の支配を荷受人の占有代理人に移転している(被告が発行した荷渡指図書は、発行原因として被告に呈示された船荷証券複本の真否にかかわりなく有効であつて、ただ他より真正な船荷証券が呈示された場合には、被告がその者に対し債務不履行の責任を負うにとどまり、この荷渡指図書発行以後は、税関はその所持人のために運送品を占有しているものと解される)のであるから、この時点で、本件の運送契約に基づく被告の義務は履行により終了し、被告の訴外会社に対する運賃請求権が残存するのみで他の債権債務関係はすべて消滅したものと解するのが相当である。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、すでに原告の仮差押当時において訴外会社は被告に対して船荷証券の引渡請求権を有しなかつたものであるから、原告の右引渡請求は理由がない。

三  訴の変更により追加された請求について

原告の追加した請求は、追加前の請求が認容された場合に、そこから派生すべき紛争の解決を求めるものであるから、追加前の請求とは社会的に同一の紛争に関するものとみられ、その審理には追加前の請求についての訴訟資料や証拠資料がそのまま継続利用でき、あとは若干の補充を加えれば判断しうるものであるから、請求の基礎に同一性があるものというべく、この請求を追加する訴の変更は適法であり、被告の異議は採用できない。

しかしながら、前記認定のとおり、原告の被告に対する船荷証券引渡請求は、これを認めることができないのであるから、右引渡請求の認容されることを前提とした原告の運送品引渡請求及びこれに代わる金員の支払を求める請求は、当然失当というべきである。(なお付言すると、原告が訴外会社から売買代金の支払を受けていないため、右代金額相当の損害を蒙つているとしても、それは原告が代金の支払を担保すべき履行確保の手段を講じていなかつたためであつて、代金未収のまま訴外会社に物品の所有権を移転した後には、売買契約を解除しなければ目的物の所有権を回復できないから、目的物の引渡を請求できないことはもとより、右物品の所有権に関する損害があるとはいえないし、運賃未収の点を除き所定のとおり運送契約を終了した本件においては、被告の運送契約の履行と原告の損害との間に相当因果関係があるということもできない。)

四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は追加請求を含めいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 仲江利政 高橋水枝 片山良廣)

(別紙)

目録

(一) 船荷証券の表示

一 船舶の名称及び国籍

サクラメント丸 RMB36A 日本国

二 作成者 E.Tasiro

三(1) 運送品の種類 マツト 日本製品

(2) 総重量 三三、六六〇キログラム

(3) 総検量 一七一・六六六立方メートル

(4) 箇数 七六五俵

四 荷送人 盟和商事株式会社

五 荷受人 アラブ銀行株式会社

六 船積港 神戸港

七 陸揚港 ジエツダー港

八 運賃 三三二万五、二七二円

九 証券部数 三通

十 作成地 日本国 大阪

(なお詳細は、別添船荷証券写のとおり)

(二) 荷物の表示

日本製マツト 七六五俵

ただし、総重量 三三、六六〇キログラム

総検量 一七一・六六六立方メートル

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